2014年11月30日日曜日

古典朗読コンテスト

昨日、京都の金剛能楽堂で開かれていた
「古典の世界を読む2014」のコンテスト
最終審査の朗読と審査発表、授賞式を観にいきました。

色々な意味でとても興味深かったのですが、
何しろ専門が声なので、声について、少し考えた事を
つらつら書こうと思います。

まず、中高生部門の出場者の半数が、声優のような
声の出し方で、ああー、そうきたかぁと、びっくりするやら、納得するやら…
きっと、声に出すコンテストだし、
もし将来、声優になりたいなら、
なおさらチャレンジしてみたいと思ったのかもしれない
ですし・・・ね。
または、単に、彼女たちが
いつも聞いている声や周りに溢れている声が、
声優のような声なのかもしれないです

さすがに、一般の人には、そんな声の出し方の人は
ひとりもいなくて、ちょっとほっとしました。
が、ふと、周りを見ると、
名古屋の朗読会でも見た風景がありました。
そうなんです、とてもたくさんの人が首をくの字に折って
熟睡していました。
ここでまた、
どうして朗読はこうも人を寝かせてしまうんだろう?
読み手のせいか?聞き手のせいか?
と、素朴な疑問が再燃。
映像がなく声だけって、本当に難しいんでしょうが…

そして、
最後に気になった審査員の数名が言われた
「正しいアクセント」なるもの。
ここで言われているのは
きっと関東アクセントでしょう。
源氏物語、枕草子、古今和歌集などなど、
京都で書かれた古典の書物を
関東語で正しく読む事が、少なからず
審査の基準になっているようでした。

英語の標準語としての容認発音RPReceived Pronunciation)を
昨年のボイスの大学院では習いましたが、
調べてみると、これを話す人は、いまでは、
イギリス人口の数%と言われる程少ないらしいです。

日本語も何を持って正しいアクセントというのか、
基準があるようでない気がして、難しいなと思います。
ちなみに、最近普及してきた何の単語でも平板型に言う若者の言い方は、
上京した地方から来た若者言葉から始まったという説があります。
演劇でも地方語での上演を推奨しようとしたり
様々な試みがありますが…
この問題、また自分のなかで再燃です。